「ウエスタンリバー鉄道って、乗ってもどこにも行かないし景色見るだけでしょ?」
確かにそう思われがちです。でもそれは、このアトラクションの本当の魅力を何も知らないまま乗っているということです。
実はこの蒸気機関車には、「なぜ駅がひとつしかないのか」「ジャングルクルーズとなぜ同じ建物なのか」「太古の世界に辿り着く理由」「4台の機関車それぞれの個性」「車窓から見える世界最古の木の秘密」という、知ると見え方がまったく変わる設定が盛りだくさん詰まっています。
今回はウエスタンリバー鉄道を徹底解剖します。
ウエスタンリバー鉄道のバックグラウンドストーリー
まず基本のバックグラウンドストーリーから整理しましょう。
舞台は19世紀後半のアメリカ西部。ゴールドラッシュや開拓時代の熱気が残る時代、西部の荒野を蒸気機関車が力強く走っていました。
ゲストが乗り込む蒸気機関車は、ルートの一部がアメリカ西部開拓地の河と並行して走ることから「ウエスタンリバー鉄道」と名付けられました。熱帯のジャングルを抜け、開拓時代のアメリカ西部を走り、そして時空を超えて恐竜たちが暮らす太古の世界まで駆け抜ける——これが「普通の鉄道旅行とは少し違った体験」の正体です。
ウエスタンリバー鉄道のアナウンスには「乗り場の人々にはこの旅の体験は秘密である」という一文があります。時空を超えるという奇妙な体験は、乗り込んだゲストだけが知ることのできる秘密の旅なのです。
ウォルト・ディズニーの「鉄道愛」から生まれたアトラクション
ウエスタンリバー鉄道を語る上で外せないのが、ウォルト・ディズニー本人の鉄道への深い愛情です。
ウォルトは幼少期から筋金入りの鉄道好きでした。大人になっても鉄道への愛は衰えるどころか増すばかりで、ついには自宅の裏庭に本物の蒸気機関車を走らせるための線路を敷設するほどになりました。庭を走るミニチュア蒸気機関車の名前は「リリー・ベル号」——これは後にカリフォルニアのディズニーランド鉄道の特別車両にも引き継がれる名前です。
ウォルトがテーマパークを作る構想を持ったとき、真っ先に取り入れたアイデアのひとつが「パークを走る鉄道」でした。1955年のディズニーランド開園と同時に「ディズニーランド鉄道」をオープンさせたのも、それほどウォルトにとって鉄道が特別な存在だったからです。
東京ディズニーランドにおけるその鉄道の役割を担うのが、ウエスタンリバー鉄道です。ウォルトの鉄道への夢が、東京の地でも形を変えて息づいているのです。
駅がひとつしかない理由——日本の法律との戦い
ウエスタンリバー鉄道の大きな特徴のひとつが、駅がひとつしかないことです。アメリカのディズニーランドにある「ディズニーランド鉄道」は4つの駅があり、ゲストはどの駅でも自由に乗り降りして移動手段として使えます。なぜ東京版だけ駅がひとつで、どこにも移動できない環状運転なのでしょうか?
その答えは日本の法律にあります。
東京ディズニーランドが建設された当時、日本には「地方鉄道法」という法律がありました。この法律では「私有地内であっても、2地点以上を結ぶ鉄道輸送は鉄道事業とみなされ、免許取得・運賃設定・ダイヤグラム設定が義務付けられる」と規定されていました。
パーク内でゲストから運賃を徴収することも、鉄道事業の免許を取得することも、現実的ではないと判断したオリエンタルランドは、やむなく「駅をひとつだけにして環状運転にする」という形を選びました。2地点を結ぶ鉄道ではなく、1点に戻ってくる環状運転であれば「鉄道事業」にあたらないという解釈です。
その後この法律は改正され、2001年に東京ディズニーシーがオープンした際には「ディズニーシー・エレクトリックレールウェイ」が2つの駅を繋ぐ形で運行できるようになりました。開園のタイミングが18年違っただけで、まったく異なる運用形態になっているのは、この法改正が理由です。
もしウエスタンリバー鉄道が現代に作られていたら、パーク内を自由に移動できる鉄道になっていたかもしれません。
ジャングルクルーズと同じ建物にある理由
ウエスタンリバー鉄道の駅は、ジャングルクルーズの乗り場の真上にあります。これは単なる設計上の都合ではなく、バックグラウンドストーリーに基づいた意図的な設計です。
実はウエスタンリバー鉄道とジャングルクルーズは、「サファリ・トレーディング・カンパニー」という同じ会社が運営する2つの事業です。
サファリ・トレーディング・カンパニーはもともと1922年に設立された貿易会社で、船と鉄道を使った物資の運搬を生業にしていました。事業が好調な時期を経て、徐々に貿易の需要が減少し経営危機に。そこで考えた起死回生の新事業が、船を使った「ジャングルクルーズ(探検ツアー)」と、鉄道を使った「ウエスタンリバー鉄道(観光旅行)」の2つでした。
つまり2つのアトラクションが同じ建物に同居しているのは、同じ会社の2つの事業が同じ会社の建物を共有しているから——という完全にバックグラウンドストーリーに基づいた理由なのです。建物をよく見ると、両方のアトラクションに共通する素材やデザイン要素が使われていることにも気づけます。
4台の蒸気機関車それぞれの個性
ウエスタンリバー鉄道では現在4台の蒸気機関車が運行されています。それぞれアメリカの偉大な川の名前が付けられており、外見にも違いがあります。
コロラド号(赤色)
ヘッドライトに威厳のある雄ジカが描かれた赤い機関車です。コロラド川はアメリカ西部で最も古い川のひとつとされており、あのグランドキャニオンを1,450マイルかけて削り出したことでも知られています。1983年の開園時から走り続けているオリジナルの3台のうちの1台です。
ミズーリ号(緑色)
ヘッドライトに荒野を流れる滝が描かれた緑の機関車です。ミズーリ川はミシシッピ川最長の支流で、ロッキー山脈のモンタナ州から始まり2,000マイル以上を流れます。こちらも1983年のオリジナル組です。
リオ・グランデ号(オレンジ色)
ヘッドライトにグリズリーベアが描かれたオレンジ色の機関車です。リオ・グランデはスペイン語で「大きな川」を意味し、アメリカとメキシコの国境を流れる川として知られています。こちらも1983年組のオリジナルです。
ミシシッピ号(青色)
4台の中で唯一の後発組。1991年10月から加わった青色の機関車で、輸送力増強のために追加されました。他の3台と違い、ヘッドライトではなく車体の側面にバッファローが描かれています。煙突の形もヘッドライトの形も他の3台と少し異なり、一目で見分けられます。
この4台の機関車、どれに乗り合わせるかで見た目の体験が微妙に変わります。「今日は何号かな?」と確認してから乗るのも楽しみのひとつです。
4台の機関車の設計モデルは1871年型
4台すべての機関車の機械設計は、実在した鉄道である「デンバー&リオ・グランデ鉄道」用にボールドウィン・ロコモーティブ・ワークス社が製造した1871年型蒸気機関車「モンテスマ号」にならっています。19世紀の本物の蒸気機関車を忠実に再現した設計であり、実際に灯油を燃料として蒸気で動く本物の蒸気機関車です。
「時の境界線」を越えるとはどういうことか
ウエスタンリバー鉄道の最大の見せ場は、「時の境界線を越えて恐竜の世界へ入る」というシーンです。
洞窟に入った蒸気機関車は、何らかの力によって時空を超えます。そして出てくる先には、プテラノドン、マンモス、恐竜など太古の生き物たちが生息する世界——これが「普通の鉄道旅行とは少し違った体験」の核心です。
なぜ蒸気機関車が時空を超えるのかについての詳細な設定は明かされていませんが、アナウンスの「乗り場の人々にはこの旅は秘密」という言葉が、この非日常的な体験の特別さを強調しています。乗り込んだゲストだけが目撃できる「時空を超えた旅」——これを知って乗ると、洞窟に入る瞬間のワクワク感がまったく変わります。
洞窟に入る直前に見える「世界最古の木」
時の境界線を超える洞窟に入る直前、左側の車窓に非常に珍しい木が植えられています。それが通称「ジュラシックツリー」と呼ばれる木です。
正式名称は「ウォレマイ・パイン(Wollemi Pine)」。ジュラ紀(約2億年前〜1億5千万年前)から現存する、地球上で最古の種子植物のひとつとされています。1994年にオーストラリアのウォレマイ国立公園で発見されるまで、化石でしか存在が確認されていなかった「生きた化石」と呼ばれる植物です。
このウォレマイ・パインは、原産国のオーストラリア・クイーンズランド州政府から東京ディズニーランドに寄贈されたものです。世界的にも非常に希少価値が高く、見られる場所が極めて限られています。
まるでこれから太古の時代にタイムトリップするという伏線として、ジュラ紀から生き続ける木が洞窟の手前に植えられている——このさりげない演出のつながりに、ディズニーの「細部まで作り込む」姿勢が感じられます。次に乗るときは洞窟に入る直前の左側に注目してみてください。
アドベンチャーランドにあるのになぜ「ウエスタンリバー」なのか
駅の乗り場はアドベンチャーランドにあります。しかしアトラクションの名前は「ウエスタンリバー鉄道」。アドベンチャーランドにあるのに、なぜ「ウエスタン(西部)」という名前なのでしょうか?
その理由は「通過するエリアが主にウエスタンランドだから」です。アドベンチャーランドを出発した蒸気機関車は、クリッターカントリーを経てウエスタンランドを走り抜けます。走行距離の多くがウエスタンランド上を通ることから、「ウエスタンリバー鉄道」という名前が付けられました。
アドベンチャーランドで乗り込んで、ウエスタンランドを走り、クリッターカントリーを通って帰ってくる——東京ディズニーランドの広いエリアを3つまたいで走る壮大なルートが、このアトラクションの醍醐味のひとつです。
開園当初とは大きく景色が変わっていた
ウエスタンリバー鉄道は1983年の東京ディズニーランド開園と同時にスタートした、パーク最古参のアトラクションのひとつです。しかし開園当初と現在では、車窓から見える景色が大きく変わっています。
1987年にビッグサンダー・マウンテンがオープンし、1990年にスティルウォーター・ジャンクション、1993年にスプラッシュ・マウンテンがオープンしたことで、走行ルート沿いの景色は大きく変化しました。開園当初は今よりも開けた荒野の景色が広がっていたはずが、40年間のパークの成長とともに車窓の景色もどんどん豊かになっていったのです。
また1987年のビッグサンダー・マウンテンオープン時に、クリッターカントリー側の線路が川に沿うような形に敷き直されました。開園から現在に至るまで、ウエスタンリバー鉄道は何度もルートの微調整が行われてきたのです。
アナウンスの声と「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のつながり
ウエスタンリバー鉄道に乗るとナレーションが流れますが、このアナウンスの声には歴史があります。
開園当初の1983年から1999年まで、アナウンスを担当していたのは村山明さん。JR京葉線やJR埼京線の駅の自動アナウンスで広く知られた声優です。当時のアナウンスは他のアトラクションの案内を紹介する意味合いが強く、アトラクション自体のストーリーはあまり重視されていませんでした。
1999年にアナウンスが一新され、担当したのは青野武さん。青野さんといえば映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズのドク(クリストファー・ロイド)の吹き替えを長年担当した俳優です。「時間を超える」というテーマを持つ蒸気機関車のアナウンスを、「時間旅行」を体験する映画のキャラクターを演じた俳優が担当するという、粋な組み合わせです。
まとめ|ウエスタンリバー鉄道は「40年の歴史が詰まった旅」
ウエスタンリバー鉄道はスリルがあるわけでも、映画のキャラクターが登場するわけでもありません。しかし、知れば知るほど「この機関車はウォルト・ディズニーの夢から始まった」「法律のせいで駅がひとつになった」「同じ建物がジャングルクルーズと共有されている理由がある」という、40年の歴史と深い設定が詰まっていることがわかります。
- ウォルトが自宅の庭に線路を敷くほどの鉄道好きだったことから生まれたアトラクション
- 駅がひとつしかない理由は日本の法律(地方鉄道法)の規定によるもの
- ジャングルクルーズと同じ建物なのは「サファリ・トレーディング・カンパニー」という同じ会社の2事業だから
- 4台の機関車はそれぞれ色・デザイン・描かれた動物が異なる
- ミシシッピ号だけが後発組で形状も少し違う
- 洞窟直前に植えられたジュラシックツリーはジュラ紀から現存する世界最古級の木
- 車窓の景色は開園から40年間で大きく変化してきた
- アナウンスは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』ドク役の声優が担当
次にウエスタンリバー鉄道に乗るときは、どの機関車に乗り合わせたかを確認し、ジャングルクルーズと同じ建物を使っているというBGSを頭に置き、洞窟直前の左側の木を見逃さないようにしてください。
乗り場の人々には秘密の、時空を超える旅——40年間変わらず走り続けている蒸気機関車の姿に、ウォルトの夢が重なって見えるはずです。


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